フロッグスは”FIX ストラップシステム”と”KTテープ”でパラリンピック選手の競技力向上をサポートしています。

”FIX ストラップシステム”は競技用車椅子専用の身体を固定するストラップで、
競技中の安全性や快適性、運動力向上を目指して開発したストラップシステムです。

パラリンピック サポート選手

官野一彦 ウィルチェアーラグビー(車椅子ラグビー)

官野一彦 Kazuhiko Kanno

ウィルチェアーラグビー(車椅子ラグビー)

幼いころからスポーツが大好きな少年で小中高と野球、その後はサーフィンの盛んな千葉県出身という事でサーフィンに取り組む。

しかし、22歳の時サーフィン中に波にまかれた際、海底に頭を強打し頸椎を骨折。
すぐさま病院へ搬送され一命は取り留めたものの障害を負い車椅子での生活を余儀なくされた。

非常なポジティブな性格から、入院中「俺は車椅子バスケで日本代表に選ばれてその翌年にはテレビデビューで有名になる!」と宣言。

初めてウィルチェアーラグビーと出会ったのは24歳の時に知人に誘われスピーディーな展開と、激しいタックルに魅了され競技の虜となった。
現在は所属の千葉RISEでチームの大黒柱。 悲願の世界での金メダルを目指す。

若山英史 ウィルチェアーラグビー(車椅子ラグビー)

若山英史 Hidefumi Wakayama

ウィルチェアーラグビー(車椅子ラグビー)

大学2年の夏休み、友人とプールで遊んでいたところ、飛び込みで頭から落ちてしまい、首の骨を骨折。
即座に救急車で運ばれ、一命は取り留めたものの脊髄の神経を切断。

元々サッカー選手であった若山選手は、リハビリ施設でラグビーやバスケットボールなどの車椅子スポーツを経験。
そんな時、車椅子ラグビーを題材にした映画「マーダーボール」を見たことが、車椅子ラグビーに真剣に取り組むきっかけとなった。

激しい衝撃に耐えられるよう、強化された競技用車椅子の重さは40キロ以上。 車椅子同士で激しくぶつかり合う衝撃や、スピード感が圧巻の迫力のあるスポーツであるが、若山選手は競技を始めて4年で卓越したスピードとパスの能力を武器に日本のみならず海外でも活躍。 現在もチームの主要メンバーとして世界で活躍している。

石川丈則 車椅子バスケットボール

石川丈則 Takenori Ishikawa

車椅子バスケットボール

車椅子バスケットのトリックスターの異名を持つベテランプレーヤーで スピードと技術は世界トップクラス。
特に、肘で車体をコントロールする技術は世界でも石川選手だけが持っているテクニックで、相手チームを翻弄する。

車椅子バスケットボールはチーム内での点数が定められており石川選手の持ち点は1.5点でローポインター。
ボールが集まらない場面でもチームのハイポインターを活かすプレーは必見。

土子大輔 車椅子バスケットボール

土子大輔 Daisuke Tsuchiko

車椅子バスケットボール

2008年から車椅子バスケットを本格的に取り組み、すぐさま頭角を現したアスリート。
脚を失った事故、当時は1か月間もの間こん睡状態が続き、右足から内臓まで負傷し、十数回にも及ぶ大事故から復活した。

リハビリ時から大好きなバスケットボールは肌身離さず持ち歩き、車椅子バスケットをスタートするのは漫画「リアル」も読んでいたことからすぐにスタート。
漫画や、動画を見て車椅子バスケットを知ってはいたがいざ始めるとチェアスキル、ボール扱う2つの技術が必要とされる競技はバスケットとは言え全く別物のスポーツとして魅力に取りつかれていった。

元々高いポテンシャルとどん欲に競技に取り組む姿勢から評価は高く、現在は日本を代表する点取り屋として活躍。
多くの名選手を輩出している名門千葉ホークスのキャプテンとして活躍している。

篠田匡世 車椅子バスケットボール

篠田匡世 Masatsugu Shinoda

車椅子バスケットボール

高校までの10年間は毎日野球に没頭する毎日を過ごしていたが、卒業を目前にして不慮のバイク事故に遭ってしまう。
なんとか一命は取り留めたものの代償として両脚を失ってしまう。

入院中の病院の体育館に車椅子バスケットボールチーム『埼玉ライオンズ』が毎週練習に来ており、 車椅子バスケットボールの存在を知っていはいたが、直接触れることで今まで出会ったスポーツと違い、スピードや車椅子操作、車椅子同士がぶつかる音、タイヤが焦げる臭いと五感を全て刺激してくれるスポーツに魅了され競技を始める。

事故から5年経った現在では世界、全国各地を転戦し、スピードとクイックネスを武器にコートを縦横無尽に走るアグレッシブなディフェンスプレーを得意としチーム牽引する。

鹿沼由理恵 パラサイクリング

鹿沼由理恵 Yurie Kanuma

パラサイクリング

幼いころから視覚が不自由であったが、体を動かすのが好きで、マラソンをきっかけにクロスカントリースキーにチャレンジしてみないかと声がかった。
始めたころは、合宿があれば参加するくらいで競技者としての意識はなかったが、2008年に「バンクーバーに出られるかもしれない」と可能性を聞かされてからは本格的に取り組んだ。

晴れてバンクーバーでの世界大会にも出場し、一桁入賞。 しかし、本格的に取り組んだ準備期間も2年ほどしかなく、「勝負」しに行った感覚はなく、その後の世界大会では上位入賞し、次は「勝負」できるよう取り組んでいた。

転機は2011年、練習中に転倒、左肩を怪我してしまい、ダブルポールで漕ぐたびに激痛が走り競技を断念。
競技ができないことに落ち込んでいるとき、クロカンで一緒に戦っていたカナダの選手が、パラサイクリングでも活躍しているのを知り、「また、海外選手と戦いたい、自分の限界にチャレンジしたい」と思い、パラサイクリングに転向を決意した。

2013年から、パイロットの田中まい選手と国際大会に出場し始め、2016年リオ出場、メダル獲得を目標に練習に取り組んでいる。

松田瑶平 車椅子テニス

松田瑶平 Yohei Matsuda

車椅子テニス

中学生までは野球少年としてリトルリーグで活躍していたが、年末での旅行中に信号無視の車との接触事故で一命は取り留めたものの背中の骨を骨折し、車椅子生活が余儀なくされる。

リハビリを経てから、車椅子テニスの誘いを受け観に行き、 健常者と変わらない強烈なサーブ、ボレー。競技用車椅子を自在に操作する姿を見て見学に行ったその日から虜になる。

現在は名古屋を拠点にトレーニングを行い、全国各地へ転戦。 持前の車椅子を巧みに操る機動力を武器に現在は日本ランキング18位へと急成長の選手である。
国内最高峰のマスターズでの出場、活躍を目標に現在は活動中。

また、車椅子ソフトボールでは日本代表選手として活躍し、2014年札幌で行われた車椅子ソフトボール日本選手権では優秀選手にも選ばれている。

石井康二 車椅子ソフトボール

石井康二 Koji Ishi

車椅子ソフトボール

車椅子ソフトボールで日本代表キャプテンを務めチームを引っ張る大黒柱。
幼いころからなんでもチャレンジする性格で、高校ではボクシング部に所属し長身を生かしたボクサーとして活躍していた。

しかし、その高校時バイク事故により何とか一命は取り留めたものの背骨を骨折し、歩く機能を失ってしまう。
復学を目指しリハビリを行っていたところ、職員の勧めで車椅子バスケットボールをスタートし頭角を現し、ジュニア時代には日本代表として海外を転戦。

その後、当時国内最強であったNO EXCUSEへ移籍し2011年からはキャプテンとしてチームを牽引。
競技指導のみならず、障害者アスリートの指導や障害者スポーツ普及活動にも取り組み、2012年からは新種目である車椅子ソフトボールを始め日本代表として選出。
キャプテンとして、指導者としてチームを牽引できるアスリートである。

田中聖一 車椅子バスケットボール

田中聖一 Shoichi Tanaka

車椅子バスケットボール

車椅子バスケットボール『COOLS』に所属しジュニア時代は2009年フランス・パリで開催された『2009ジュニア世界選手権大会』の日本代表に選出。

ローポインターながらスピードとシュートの精度は抜群である同世代の中でトッププレーヤー。
バスケの傍ら車椅子ソフトボールでも活躍。

堀江航 車椅子バスケットボール・ブラジリアン柔術ほか

堀江航 Wataru Horie

車椅子バスケットボール・ブラジリアン柔術ほか

幼少よりスポーツに没頭、特にサッカーにおいて、中学では全国制覇、高校でも全国大会出場。
日本体育大学3年時、部活動帰りのバイク事故により左足切断。

友人の勧めにより、東京愛好スポーツクラブで車椅子バスケットボールを始める。
更なる飛躍を求め、強豪NoExcuseに移籍と同時にアメリカにあるイリノイ大学にバスケットボール留学を決意。
3年間、英語の勉強とバスケの練習に打ち込み、大学院に入学。
2009-2010シーズンには大学選手権制覇に貢献。

今春、大学院を卒業し、日本人初のスペイン1部リーグMidebaとプロ契約を結ぶ。
競技の他にも様々なクリニックやキャンプを通して、コーチングを学ぶ。
選手としてだけではなく、バスケットボールのユースプログラムの発展や、後進の育成の為、日々活動している。

現在は健常者と同じフィールドで競技に取り組みブラジリアン柔術をスタート。
片脚ながら関東オープンで優勝するなどスポーツのジャンルに問わず活躍している。